2011年09月09日

9月から10月にかけて

9月9日は九九の日(※未確認)、7×6と6×7の答えが違うことがある今日この頃ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか。


9月もまもなく二桁の大台に乗ろうかというところまできました。私の内部時間と世間一般の時間とのズレは、地デジ化くらいでは埋まりそうにありません^^;

テレビの時報が数秒遅くなったくらいでは、私の中では誤差とはいいません。
私の中の1週間が世間の1ヶ月くらいでしょうか(感覚的に)。
逆にいえば、世間で1ヶ月経っても、私の中では1週間しか経ってないってことですね(感覚的に)。

浦島太郎は竜宮城でこんな感覚のなか遊んで過ごしたのでしょう。
世間と隔離された自分の時間のみ流れる空間で過ごしたならば、私はきっとまだ高校生くらいでしょう^^;
どうりで、たまにまだ学校を卒業できない夢を見るんですね^^;

私はいつ頃、玉手箱を渡されるんでしょうか^^;(間隔的に)


さて、夢と現を行ったり来たりの日々ですが、現のほうではいろんなことが同時進行で進んでいます。

私の周りでは、今月から来月にかけて能狂言の企画が着々と進んでいます。

多くの皆さんが、それぞれの貴重な時間を持ち寄って実現に向けて動いておられます。
ここ数日はそのようなミーティングが続いており、いよいよ差し迫った感じがしてきました。
そろそろ夢の方に逃げ出したい感もありますが^^;いやいや、がんばってまいりましょう^^


■8月27日(土)
住吉ささら能
すみよし反橋能プレ企画
能楽囃子によるコンサート〜なにわの四季〜
於ささら屋住吉店

・・・こちらは先日無事に終了しました<(__)>
当日はひどい雨で^^;屋外でこれまで4回行ってきましたが、5回目にして初の店内開催となりました。
能の楽器をひとつずつ説明いただき、最後は当日本番直前に決めた内容(なにわの四季)を即興で演奏するといった、能という芸能の柔軟さがよく現れた演目でしめくくりました。
当日足元のお悪い中お越しいただいた皆様、本当にありがとうございました<(__)>



■9月18日(土)10:30〜
あさひ地域福祉能
千人塚で芝能
〜なにわ芝能コラボ 〜
於旭区城北公園奥、淀川河川敷千人塚前広場

能楽 鵺(ぬえ)

出演
國枝良雄
山中雅志 他

500円(第2部参加費・第三部イス席付)

第三部鑑賞自由(立ち見)

主催:旭区生涯学習推進会議 NPO法人フェリスモンテ NPO法人なにわ文化芸術芸能推進協議会


・・・こちらはまもなく開催です。
第一部(10:30〜)には、生涯学習の一環として旭区で取り組まれている謡曲連続講座の発表会があります。

妙なことを言いますが^^;玄人と比べ素人の謡のほうが何を言ってるかが分かりやすい、と最近気づきました。
歌詞を手がかりに情景を想像したい方は、一度このような発表会をご覧になってはいかがでしょうか。

第二部(12:00〜)は千人塚について。

第二次大戦の際、大阪大空襲で亡くなった身元不明の方々千数百人を弔うため個人により建立され、これまでずっと私費による法要が続けられてきたという千人塚。
能は鎮魂の芸能といわれますが、今回の取り組みがこの千人塚の顕彰に繋がることを願ってやみません。
また、能「鵺」の解説と能楽体験としてこの「鵺」をみんなで謡ってみよう(連吟)という試みがあります。
こう言われるとみなさん引いちゃうんですが^^:やってみると驚くほどみなさん声を出して謡われるんですよ。だまされたと思って一度参加してみてください。
謡ってみると面白い発見がありますよ^^

そして第三部(14:30〜)、場所を千人塚に移して芝能「鵺(ぬえ)」の上演です。

頭は猿、手足は虎、尾は蛇、鳴き声がトラツグミという、まるでフランケン・シュタインのような妖怪「鵺」。
絵のウマい人が描かない限り決して怖く見えないだろうというその異形の怪物が、淀川と縁が深いというのはご存知でしたか?

今回はその地元にゆかりの怪物「鵺」にまつわるお話です。


ちなみに、「スタジオぬえ」というデザイン集団がありますが、私はそこの「クアドラン・ロー」が傑作だと思っています(わからない方がいいと思います)。



■9月29日(木)15:00〜、17:00〜
高安薪能プレイベント
於アリオ八尾

観賞自由

・・・これまで3回、国磧「心合寺山古墳」にて上演してまいりました「しおんじやま芝能」が、場所を「玉祖(たまのおや)神社」に移し、高安薪能(たきぎのう)として行われることとなりました。

八尾・高安にルーツをもつ能楽高安流の流祖が玉祖神社の神官だったことから、活動4年目にしてようやくその発祥の地、玉祖神社にて上演と相成りました。

玉祖神社といえば知る人ぞ知る、大阪平野を一望できる絶景スポットで、夜景ともなれば、それはそれは・・・^^まるで空中に浮いた庭園にいるかのようです。

そんな絶景のなかで能を見る贅沢・・・

今回はその高安薪能を知っていただくためのプレイベントです。

スペシャルゲストとして・・・

能楽高安流ワキ方家元・高安勝久師をお迎えするという、ちょっとスゴいことになってしまいました^^;

プレイベントなんですが・・・^^;なんでこんなことになってしまったんでしょうか^^;
ご縁とはこういうことなんでしょうか^^;

ひとえに高安ルーツの能実行委員会の皆様の地道な活動の成果でしょう^^
何事も積み重ねなんですね。





・・・来月も続々、能の上演企画が続きます。
しかしこれまで書きすぎました^^;
また詳しくは追ってご紹介していきます。
とりあえず概要のみ下記に。




■10月8日(土)18:00開演

すみよし博覧会
住吉ゆかりの伝統芸能祭・住吉灯りの夕べ(11:30〜19:00)
於すみよし村ギャラリー広場

能楽ワークショップ「住吉の能について」ほか

<出演>
山中雅志
山下麻乃
聞き手 時任達典

狂言 土筆(つくづくし)

<出演>
安東伸元 他

鑑賞自由

主催 すみよし博覧会実行委員会 住吉区役所


■10月9日(日)14:00開演

平野区こども歴史講座
むずかしくない能?僕でも本当にできる能?
チビッコ能楽体験講座
於コミュニティプラザ平野

参加無料(定員150名)

お申込 コミュニティプラザ平野 tel06-6704-1200 メールhirano-center@beach.ocn.ne.jp


■10月9日(日)17:30開演
平野区活性化事業 当地ゆかり田村麿顕彰
ろうそく能
於コミュニティプラザ平野
対談 坂上一族と杭全庄
<出演>
藤江正謹 杭全神社宮司
塚原 剛 平野いろいろ案内人

能楽 田村
<出演>
山中雅志
原 大
善竹忠亮
斉藤 敦
清水皓祐
守家由訓 他

入場料:大人500円 小人 無料

主催:財団法人大阪市コミュニティ協会平野区支部協会 NPO法人なにわ文化芸術芸能推進協議会


■10月10日(月・祝)15:00開演
第1回すみよし反橋能
於住吉吉祥殿
能 梅枝(うめがえ)
塩谷 惠他

入場料 前売4000円 当日4500円
主催:すみよし反橋能実行委員会


■10月22日(土)14:00開演
八尾・高安と能楽の関わりを探る講座
「名曲の数々を生んだこの地 高安とは?」
於大阪経済法科大学 クロノス三階「ガリオン」
講演 浄瑠璃訳本と富士太鼓(仮)
棚橋利光
パネルディスカッション「番外曲高安とこの地の風景」

聴講料 1000円

主催:高安薪能実行委員会 高安ルーツの能実行委員会


■10月22日(土)18:00開演
高安薪能
於八尾市高安山玉祖神社

能 富士太鼓(ふじたいこ)
<出演>
生一知哉 他

鑑賞自由

主催:高安薪能実行委員会 高安ルーツの能実行委員会
posted by とっきー at 16:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2011年08月25日

残暑お見舞い申し上げるでざんしょ

気がつけば、もう8月も終わりですね。油断もスキもありゃしない^^;

いろいろあって相変わらずバタバタしております。
皆様いかがお過ごしでしょうか。

秋が近づくにつれて、能の上演機会が増えてきます。
今年はちょっと多いですね^^;

最近のこの方面の私の動きとしては、「すみよし博覧会」のラウンドテーブルに参加させていただくようになり、歴史部会の一員としてイベントの企画に混ぜていただいてます。

また、山中雅志(まさゆき)師の地道なご尽力により、大阪ゆかりの能を地元で上演する機会が増えており、そのお手伝いもなかなか大変になってきました。これはうれしい限りです。

日本の国の宝であり世界的にも広く認められ尊敬を集める日本の代表的伝統芸能である能楽が、わが町の地域文化でもあるということのスゴさ。
能楽とゆかりがあるということは、それだけわが町に歴史があり、愛され続けているということ。
世界中で上演機会がある能楽により、わが町が世界中で謡われているということ。

地域活性を能楽という切り口で見てみると、ふるさとを愛する気持ち「愛郷心」につながるわが町の自慢、住まう自信が見えてくると信じています。

地域活性を根本的に支えるのは、そんなわが町への自信だと思うのです。

自信を取り戻そう。

大阪は、関西は、日本は、本当にスゴいところなんだ。

それをまずは、能楽から。

そんな思いで、能楽の普及に携わっています。

この秋は公演がつづきます。

もしご興味がおありでしたら、ぜひお越しください。


■8月27日(土)19時開演

住吉ささら能
すみよし反橋能プレ企画
能楽囃子によるコンサート〜なにわの四季〜
於ささら屋住吉店

<出演>
山中雅志
野口 亮
上田敦史
辻 雅之
上田 悟(特別出演)他

入場料 1,000円
(すみよし反橋能のチケットを購入された方は無料)
お申込 LLP YUI企画info@yuikikaku.com NPOカエパスinfo@caepass.org

主催:Why don't you 能?実行委員会 ささら屋住吉店

■9月18日(土)昼開演

千人塚で芝能鑑賞
〜なにわ芝能コラボ 〜
於旭区城北公園奥、淀川河川敷千人塚前広場

能楽 鵺(ぬえ)

出演
國枝良雄
山中雅志 他

鑑賞自由

主催:旭区生涯学習推進会議 NPO法人フェリスモンテ NPO法人なにわ文化芸術芸能推進協議会

■10月8日(土)18:00開演

すみよし博覧会
住吉ゆかりの伝統芸能祭・住吉灯りの夕べ(11:30〜19:00)
於すみよし村ギャラリー広場

能楽ワークショップ「住吉の能について」ほか

<出演>
山中雅志
山下麻乃
聞き手 時任達典

狂言 土筆(つくづくし)

<出演>
安東伸元 他

鑑賞自由

主催 すみよし博覧会実行委員会 住吉区役所

■10月9日(日)14:00開演

平野区こども歴史講座
むずかしくない能?僕でも本当にできる能?
チビッコ能楽体験講座
於コミュニティプラザ平野

参加無料(定員150名)

お申込 コミュニティプラザ平野 tel06-6704-1200 メールhirano-center@beach.ocn.ne.jp

■10月9日(日)17:30開演

平野区活性化事業 当地ゆかり田村麿顕彰
ろうそく能
於コミュニティプラザ平野

対談 坂上一族と杭全庄

<出演>
藤江正謹 杭全神社宮司
塚原 剛 平野いろいろ案内人

能楽 田村

<出演>
山中雅志
原 大
善竹忠亮
斉藤 敦
清水皓祐
守家由訓 他

入場料:大人500円 小人 無料

主催:財団法人大阪市コミュニティ協会平野区支部協会 NPO法人なにわ文化芸術芸能推進協議会

■10月10日(月・祝)15:00開演

第1回すみよし反橋能
於住吉吉祥殿

能 梅枝(うめがえ)
塩谷 惠他

入場料 前売4000円 当日4500円

主催:すみよし反橋能実行委員会

■10月22日(土)14:00開演

八尾・高安と能楽の関わりを探る講座
「名曲の数々を生んだこの地 高安とは?」
於大阪経済法科大学 クロノス三階「ガリオン」

講演 浄瑠璃訳本と富士太鼓(仮)
棚橋利光

パネルディスカッション「番外曲高安とこの地の風景」

聴講料 1000円

主催:高安薪能実行委員会 高安ルーツの能実行委員会

■10月22日(土)18:00開演

高安薪能
於八尾市高安山玉祖神社

能 富士太鼓(ふじたいこ)

<出演>
生一知哉 他

鑑賞自由

主催:高安薪能実行委員会 高安ルーツの能実行委員会
posted by とっきー at 11:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2011年06月28日

ろうそく能を無事終えて

先日の25日(土)は私が理事を務めますNPOカエパス主催の第5回ろうそく能でした。
毎年満員御礼の会で、今年もたくさんの方にお越しいただきました。

このところ急に暑くなって^^;会場も冷房が追い付かないほどの熱気で大変でしたが、どうにか無事に終えてホッとしています。


NPO奈良能の理事長であり、ご自身も金春流能楽師シテ方である石原昌和先生が上演に先立ち能「松虫」について解説くださいましたが、上演後の打ち上げの際にもいろんなお話をうかがうことができました。

実は今回、「松虫」上演の数日前、お越しいただく予定だった方から質問をいただいてました。


「虫の音に惹かれて阿倍野の地で死んだ男を尋ねてきた友は、そのあとを追って死んだのか?」


・・・死ぬときは一緒と誓いあった仲の2人(男同士ですが^^;)が相方を亡くしてどうしたかというくだりが、能の謡の中で出てきます。その中では・・・

阿倍野松原を二人で連れ立って歩いていると一人が虫の音に惹かれて聞きにいったまま帰ってこない。待ちきれず探しにいくとその男が死んでいた。残された男は悲しんで、男の亡骸を埋めた・・・

ということになってます。

しかし実は能の前半(マエ)と後半(ノチ)の間をつなぐ間狂言(アイきょうげん)では、この2人の男とは別の第三者(町の人)の話として、この男達が2人で死んでいたので、町の人達が一緒に穴を掘って埋めたということが語られます。


・・・う〜ん、ミステリーですね^^;


しかし、上の質問に対する答えとしては

もう一人の男もあとを追って死んだ

といえそうです。


ところが、この件に関し、さらに謎を深めるお話を、石原先生からお聞きしました・・・



主人公の幽霊(シテ)が、あとから死んだ男か、最初に死んだ男か、わからないというのです・・・



きゃ〜



あとから死んだ男のように思いますが、先に死んだ男が、残した男を尋ねて出てきたともとれるというのです・・・



きゃ〜



・・・劇中で鳴いている「松虫」とは、いまでいう「鈴虫」だそうです。謡の最後で「りんりん」と鳴いています。
松虫と鈴虫は、呼称が今と逆になっていた時期があるそうで、この能「松虫」がかかれた時期がそうだったようです。
それより以前は今と同じだったといいますから、松虫、鈴虫、どちらがどちらということもひっかけてあったのかもしれませんね。



また、松虫、鈴虫という2人の姫の話も裏にあったのではないかと石原先生はおっしゃいます。

後鳥羽上皇の寵愛をうけた2人の姫が、当時新興だった法然上人の浄土宗に傾倒し出家したことから上皇の怒りを買い、激しい弾圧の末、住蓮房・安楽房(共に法然上人の弟子。松虫・鈴虫の出家に直接関わった)は処刑、法然上人はすでに75歳だったそうですが讃岐へ流刑、弟子の親鸞聖人も越後に流されたそうです。



能「松虫」が書かれた時代背景は勉強不足のためよくわかりませんが、内容にあいまいなところが多いのは、何らかの理由で直接的表現を避けなければならなかったからではないか。
権力に対する批判など、何かのメッセージを暗に伝えるために、抽象的な内容に終始したのではないか。

・・・石原先生のお話が想像を掻き立てるものだから、アレコレ妄想してしまいました^^;
これについてはまた折に触れ考えてみたいと思います^^山中師にも聞いてみよーっと^^


今回の上演は、松虫塚と同じく阿倍野区にある山中能舞台にて、昨年亡くなった山中雷三義滋師を偲び、生前師が好評を博した演目を、解説・石原昌和先生、特別出演・梅若万三郎先生といった生前に雷三先生と親交の篤かった皆様をお迎えするという、まさに「松虫」にちなんだ試みでした。


「松虫」は、大阪・阿倍野に地名として残っており、能はそこを舞台としています。
今も町なかに「松虫塚」があり、歴史を感じさせる大木の下、今も大切に守られています。


上演前に書くべき内容でした^^;能「松虫」は能楽会では上演機会の少ない、いわゆる“遠い”曲だそうで、次はいつ上演されるのやら^^;


これから秋にかけて、公演が続きます。
posted by とっきー at 19:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2011年06月12日

震災に『利』を見出せるか

平成23年も半年になりますね。あっちゅうまです。

大変ご無沙汰をしています。ちょっとバタバタしておりました。
忙しさにかまけて書かずにいると、自分の立ち位置が見えにくくなってきて^^;
こりゃいかんということで、久々の更新でございます<(__)>


今年はとくに『利』を意識して過ごしています。そう年初に宣言しました。
お金にはこだわりませんが、しかし無視もできません。
社会に貢献しちゃんと生きていくには、費やす時間とお金のバランスも重要だと感じています。
そのうえで、お金に限らない、利の本質を意識したいと思っています。



東日本大震災からほぼ3ヶ月。
被災された皆様にはただただ、お見舞いを申し上げるしかできないのが私の現状です。

イベントを通じて募金などを呼び掛けていると、もうすでに一巡したのか地震直後ほどの反応はないようです。
被災地の復興は10年ではすまないでしょうから、本当の支援はこれからにこそ必要です。
私は震災直後に何もできませんでしたが、これから先、私が生きていく中で何かできることを見つけることにします。
私のやるべき第一は『忘れない』ということでしょう。


阪神淡路大震災では私も西宮市上ヶ原の実家で被災しました。
震災直後は水道・ガスが届かず、近くで破断した埋設水道管から水が出ていると聞くと、倒壊して道をふさいでいる家屋の屋根をよじ登って乗り越えて汲みに行ったり、風呂に入るため電車で銭湯まで通ったりしました。
実家のSRC造7階建の市営住宅は建物全体が歪み、地中深く打ち込んだ基礎杭からの修繕が必要となり、長らく大規模な工事が続きました。
それから16年あまり。
社会インフラ等の「復旧」はなされたでしょうが、元々あった賑わいや活気などの「復興」は、長期化する不景気も相まっていまだ成し遂げてはいないと感じています。

阪神淡路大震災、雲仙普賢岳、奥尻、新潟、三宅島、兵庫水害、東日本大震災・・・その他国内外を問わず起こった多くの災害を忘れない。
今もまだ避難生活を送る方々、生活の再建がままならず途方に暮れている方々、失われた人命、犠牲になった家畜・ペット、貴重な文化財の喪失・・・行政の対応の不備はそのたび反省し蓄積され洗練されていくべきでしょう。

時と場所を選ばず必ず起こるイレギュラーとどう向き合うのか。

災害による被害から少しでも「人災」を取り除いていくのが、生き残った私たちの課題でしょう。
そしていつか災害から開放されることを目指し進み続けるのが、私たちが生き残る方向のひとつでしょう。

反省を繰り返し、改善を重ねて前に進んでいくしかない。

そのために、私に何ができるのか。

・・・今の私は「忘れない」ことになら、取り組める。
まずはそこからだと思うのです。


今年の私は、そこにも『利』を見つけるべく、考え続けます。


・・・支援を申し出ながら国境を攻めてくる国もある。
いまこの瞬間も、非常時に乗じた政略をしたたかに仕掛けてきている国もある。
それが世界だと認識していますが、日本は、日本の『利』をちゃんと守れるのだろうか。
posted by とっきー at 11:19| Comment(2) | TrackBack(0) | とっきー事業

2011年03月12日

大地震・大洪水

今日時点で東北地方太平洋沖地震と呼ばれている未曾有の災害に被災された皆様の無事をいのります。

町が、持ち去られ埋まってしまったという驚愕の事実を前に、私になにができるのかを考えてます。
posted by とっきー at 09:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2011年02月28日

四十一の日に

41才になりました。

本厄ど真ん中。元祖天才バカボンのパパと同い年になりました11:3=1

誕生日に『浪花サムライ大使』の仲間がカラオケに誘ってくれて、久しぶりに歌ってきました。
「哀戦士」などを歌っていると、カラオケから‘ハッピーバースデー’が流れてきて、用事で遅れてきた若侍がケーキに火のついたロウソクを立てて入ってきました。

やられた^^;サプライズでした。

自分の誕生日でろうそくの火を吹き消したのは、何年ぶりだろう・・・^^;
さすがに役者に芝居をされるとわからないものですね^^;

ここ何年も誕生日は普通に過ごしてきたのでこの日も特に自覚のない一日でしたが、本厄を迎える誕生日をお陰さまで楽しく過ごすことができました。

『浪花サムライ大使』はまだまだ試行錯誤の続くプロジェクトですが、人に恵まれ、機会に恵まれて、大きなものに育っていくことでしょう。

私は、私のできることをやるのみです。


四十を過ぎて忍者の格好をして、若者達と一緒にひとつのものを作っています。

殺陣(たて)で大阪の思い出づくり。
大阪を訪れる観光客がよろこび、参加する若侍達が世に知られ、ちゃんと収益をあげて継続していける。

夢と現実を見つめ、社会への貢献も念頭におきながら『浪花サムライ大使』は毎週末、回を重ねています。
posted by とっきー at 08:35| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記

2011年02月10日

不斬活人の道

このところ殺陣(たて)に関わっています。

昨年、日本殺陣道協会の一般社団法人化をお手伝いさせていただきました。
今は中の人としてイベントなど運営面のサポートをさせていただいてます。

ところで、殺陣ってご存知でしょうか?

殺陣とは映画やTV、舞台演劇でおなじみの、時代劇でのチャンバラアクションをはじめとする対決格闘シーンの立ち回りの総称です。広義には時代劇だけでなく戦隊ヒーローや仮面ライダーなどのアクションも含まれます。
あらかじめ決まった組み手を再現し、現場での危険を排除しながらも迫力ある演技により本当に戦っているように見せる(魅せる)演劇界の特殊技術のひとつです。


「現場での危険を排除」とはどういうことでしょうか。

時代劇では迫力ある刀剣アクションが多く見られますが、これらは皆様ご存知のとおり、本物の刀で行われることはまずありません。
もし本物を使うとケガをしたり場合によっては本当に人が死んでしまいまうかもしれませんし、実際そのような事故が過去に起きています。
撮影中や演劇の上演中にそのようなことが起こっては困りますよね。
最近ではアメリカの某有名コミックのミュージカル化でプレ公演中の事故が続発し、中々本公演に移行できず苦戦していると聞きます。これは殺陣ではないようですが、事故がおきると当事者の容態や補償もさることながら関係各方面の損失も膨大となるため、製作サイドの責任は重大なものになります。

時代劇では多くの場合“竹光(たけみつ)”と呼ばれる竹や木材でできた刀の小道具が使用されます。
しかしこれは軽いです。実物の1/3とも1/5ともいわれる程度の重さしかありません。これを実物のような重さを表現しながら振り回すのはなかなか難しいことで、役者の力量が問われるところでもあります。

でも、刀がフェイクだからって安全というわけではなく、根本的な問題が残っています。
斬ったように見せる、斬られたように見えるためには演技力も必要ですが、見えるだけで実際に斬らないためには、それなりの技術が必要です。この技術は「居合」や「剣道」などと混同されることがよくありますが、居合は人を斬るための技術(のはず)であり、剣道は当てることが目的なので、斬らない・当てない殺陣の技術とは本質的に相反する、似て非なるものです。しかしながら共通点が非常に多いので、殺陣の世界において剣術経験者は歓迎されます。

斬らない・当てない殺陣の技術として代表的なものに「抜き胴」があります。
剣道の抜き胴のように相手の胴を狙って脇を抜けますが、その際の剣が相手に当たってはいけない、しかも胴を斬ったように見せるというのが殺陣です。

これは、なかなか感動ものですよ。

その技術を用いて、決まった組み手の手順(“約束組み手”)にしたがって練習を重ねることでさらに危険を排除していきます。

立ち振る舞いは武士、敵対しているように見える相手は仲間、剣を向けながらもその剣は偽物で斬れず、斬りあいながら常に相手に気を使い、決して当てずケガをさせないし自らもケガをしない、しかし見た目には見事に斬られ納刀と同時に崩れ落ちる、うまく斬ってあげる思いやり、うまく斬られて相手を引き立てて、見た目の殺し合いと裏腹の相手を思いやる気持ちと信じる気持ちが必要な共同作業・・・。

事故の予防に配慮がなされかつ見せることに洗練された技術に裏打ちされ、さらに決してケガをしない・させないよう日々修練をつむ、それが殺陣なんですね。




・・・以前、私が工事現場でアルバイトをしていたとき(いろいろやってるでしょ^^)、そこの社長さんから教えていただいたことがあります。


『仕事よりも先に、安全を覚えなさい』


何十キロという鋼鉄の塊が頭上を往来するその現場で一瞬ヒヤッとすることが起こり、社長は当事者を叱り飛ばした後静かに私にそう教えてくださいました。

工事現場では、人が死ぬこともあります。

思えば、私の祖父は、工事現場で亡くなったのでした。

私の生まれる前、兄が逆子で生まれた直後「この子はあきらめなさい」と病院でいわれたという父親が途方にくれていたときに、その訃報を受けたと聞いています。
鹿児島にいるはずの祖父が千葉で死亡したという話を信じることができず「なんで親父が千葉におるんじゃ!?」と訃報の電話に叫んだといいます。
当時60近かった祖父は出稼ぎに出ており、工事現場の突風で飛んできた板に頭をつぶされる形で、即死だったそうです。

その後兄が奇跡的回復をみせ保育器を出ることができたのは祖父の入れ替わりだと、繰り返し父がよく話をしていました。



・・・殺陣に関わり、あのときの社長の言葉が、本当の意味を持って私の中にこだまします。


『現場は安全最優先』


・・・それはまったく、その通りだと、すべての仕事がそうじゃないか、と、そのとき思いました。

父親ともし一緒に仕事をしていたなら、9年前に亡くなった配管工の父親が生きていて、20年前のように今も私が父親を手伝っていたとしたならば、きっと父親も同じように教えてくれたに違いないと、生きていれば父と同じような年恰好の社長に感謝しました。



話がそれたかもしれません^^;私の中ではつながってますが。


・・・『浪花サムライ大使』という取り組みにスタッフとして参加しています。

海外からの観光客に大阪土産として殺陣の体験を提供することをメインに、演劇界の特殊技術だった殺陣を一般に普及することを目的としています。現在、道頓堀や大阪城で毎週末イベントを行っています。

(社)日本殺陣道協会の若侍たち、映画や舞台で実際に役者として活動する若者たちを中心に忙しい合間を縫って練習を積んでいます。

練習または本番中の大小さまざまなケガの話をよく聞きます。
まだまだこれからの若者たちですが、どうかケガをせぬようさせぬよう、自分も他人も大切に、「殺陣の道」を極めてください。
posted by とっきー at 13:05| Comment(2) | TrackBack(0) | とっきー活動

2011年01月05日

年頭ごあいさつ(5年目なんです)

新年明けましておめでとうございます。

旧年中は大変お世話になりました。
不定期な更新にもかかわらずいつもこのブログをご覧いただき、誠にありがとうございます。
おかげさまで私の活動も5年目に入り、このブログで頭を整理し、普段の活動にフィードバックし、そしてまたこのブログに帰ってくるというサイクルをそれなりに形成できました。

昨年の私は『自然』を一年のテーマとして掲げ、特に意識してすごしました。
・・・といっても20年以上考え続けていますが^^;私のライフワークなんです。
どうしても自然の本質を見抜きたいんです。
みなさんにとって当たり前のことが、私にはどうしてそうなのかが気になって、その本質を知りたいとずっと思い続けています。

高校の化学のテスト中に、なぜ原子の最外殻の電子が2の階乗(nー1乗、n>0)個で安定するのかがわからず、そのことを解答そっちのけでテスト用紙の裏面に書き綴って提出したことがあります。
おかげで理系を選択しておきながら化学の成績はお粗末ちゃんでしたが^^;
もともと普通科の高校で理系・文系に分けられたのが気に入らず、文系よりは科目に偏りがないだろうという理由で選んだ理系でしたから理系に思い入れもなく、かといって文系科目もお粗末ちゃんな私でした^^;グラマーは特にひどかったな・・・^^;(おばあちゃんじゃなく)

まぁそれでも私の高校時代は今につながる大切な経験の宝庫でしたし、あの時代あってこその私ですから、恥ずかしいことがいっぱいありますがどれもこれもがみないとおしい思い出です。
そんな母校も今では進学塾が目標に掲げるようなところになっちゃって^^;震災後校舎が建て変わったこともあり、すっかり別の学校になった感があります。
私が受けた時には競争率1.08倍だったのに。兵庫方式(総合選抜制)だったけど^^;

年始から話が逸れっぱなしですが、この調子で今年もいきますのでね。
それからそうそう、私はあなたがお探しのとっきーではないと思いますからね。早めにこの場を離れた方がいいと、老婆心ながら申し上げておきます。(おばあちゃんにはなれないけれど)


自然にはどうしようもない「方向」があって、勝手にそうなる(その方向へ向かっていく)、またはその流れに乗って違和感のないことを「自然」ということになってます。そして必ず「変化」を強いてきます。生まれるためには必ず混ざり、伝えるためには必ず熱量なりエネルギーなり情報なりが損失します。「そのまま」であることを許さないのが、自然の特徴のひとつです。
昨年はこの「自然の方向」を特に意識しました。


物事が勝手に転がっていく方向はやはり決まっているようだ。それをコントロールするとは、どこかで何らかの関与をすることなんだ。
その関与の本質が見えれば、世の中の動きが見えてくる。
世の中って、いろんな思惑が交錯してるんだ。
善意に見えるものが必ずしも善ではなく、悪意に見えるものが必ずしも悪ではない。
しかしそれらは相対的で、自分の善は相手の悪であることも多い。

私が自然について考えるのは、そんな複雑な世界を単純化する試みでもある。

要はどうなんだ?
一言でいうとなんなんだ?

この不景気は、人の人生は、伝統文化は、この世界は、生きるとは、死ぬとは・・・


そのすべてに共通するであろうと私が勝手に思っている因子「自然」について、私は考えつづける。

不景気も人生も伝統文化もこの世界も生きるも死ぬも、すべては自然のなかにある。
その関与があるから、すべては「自然」とそうなっている。

ならば、自然ってなんなんだ。


自然という 言葉の意味の その広さ すべてを現し すべてを含むか


私が生まれた時にはすでにあったシステムを、そのシステムの中で生まれてきたことを忘れずに、疑う。


私はそんなどうしようもないことを、今後も疑い考え続けます。



・・・さて今年は、昨年自然について考えてきた結果見えてきたテーマのひとつ「利」について考えていきたいと思います。



日本は、随分切り崩されている。

そんな危機感とともに、「利」を意識していきたいと思います。

本年もどうぞよろしくお願いいたします<(__)>

(おばあちゃんもよろしく)
posted by とっきー at 12:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記

2010年12月31日

年末の末

今年も残すところ、あと2時間ほどとなりました。

いろんなことがありましたが、終わってしまえばあっという間でした。

来年はどんな年になるでしょうか。

私は、どんな年にするんでしょうか。

残り少ない今年を惜しみつつ、来年を楽しみに待ちたいと思います。
posted by とっきー at 21:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年12月21日

そっと、リフレイン・・・

このところよく、昔関係のあった土地に行くことが多いです。

あるときはフリーターとして、あるときは建物調査員として、あるときは補償コンサルタント、あるときは保険外交員、あるときはお忍び^^;・・・複数回通い、いろんな思いをした土地へ、このところよく訪れることが重なってます。

八尾、八幡、西長堀、尼崎、長田、ポートアイランド、大日、平野、千里中央、茨木、加古川、高砂・・・

それぞれに思い出があり、うれしかったことや悔しかったことなどがこみ上げてきますが、そんなことはたまでいいんですよ^^;
場所だけじゃなく置かれている状況や関わる方々の中にもみられ、昔の繰り返しというのか、それがここで書こうと思うほど最近多くて、これって何か積み残しの宿題をやり直せっていわれてるのか?と思うほどで、私はゲームをあまりやりませんが、条件をクリアし損ねるとこんな風に繰り返すのかと最近本当に考えています。

何も変わってない、進んでない^^;

生き方が大雑把でなにも積み重なってないんだという気さえします。


・・・こう書いてみて、昔「アワ・サヌキの性質」だと言われたことを思い出しました。

どちらがどちらか忘れてしまいましたが^^;“グルグル回る”+“まっすぐ進む”の性質だとか。
同じことをグルグルやってるように思いますが、私はグルグル回りながら前に進む人のようです。番場蛮の大回転魔球ですね。

うーん、もうちょっとグジグジ書こうと思いましたが妙に得心してしまいました。

久々の更新にもかかわらず緊張感のないことで相変わらず気ままにやってますが、生きてることはお伝えできたでしょうか。
posted by とっきー at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | とっきーコンフュージョン